中部中日記

2月8日(日) 唯一無二の恩【少年の主張愛知県大会より】

公開日
2026/02/08
更新日
2026/01/31

校長室

中学校に愛知県青少年育成県民会議さんより「夢と希望と」をテーマにした「令和7年度少年の主張愛知県大会」の発表文集が届きました。みなさんと同じ世代の子たちが今伝えたいことをぜひ読んでほしい!感じたことを友だちや学校の先生、家族に話してみてほしい!そんな願いからHP記事で少しずつ紹介していきます。今回紹介するのは、名古屋市立新郊中学校3年の生徒の作品です。


題:唯一無二の恩

私の家庭は六人家族で、姉妹がいる。お姉ちゃんが三人と、末っ子の私。家の中はいつもにぎやかで、朝から晩まで誰かの声が響いている。姉たちはそれぞれ性格が違い、しっかり者もいれば、マイペースな子もいる。私はそんな姉たちに囲まれて、笑ったり、泣いたり、時には喧嘩することもありながら育ってきた。でもそんな私がこの家族の一員になれたことには、実は深い背景があった。


「あなたはね、産まれてくるときに、周りから反対されていたの。」

突然のことに、私は驚きと戸惑いで頭の中が真っ白になった。

「なんで、、、?私って本当に産まれてきてよかったのかな?」

心の中に浮かんだのは不安と疑問、そして少しの悲しさだった。私は母の目を見つめながら静かに問いかけた。

「どういうこと?じゃあ、なんで私はここにいるの?」

母は私の目をまっすぐに見て、そして静かに語り始めた。


私の母は、長女を帝王切開で出産した。そして次女、三女も同じように帝王切開での出産だった。帝王切開による出産は、回数を重ねるごとに母の体への負担が大きくなるという。母の体はすでに三度の出産で大きな傷を負っていた。だから、4人目を望んだとき、周りは強く反対した。


医師も助産師も、そして父でさえ、「これ以上は危険だ」と言ったそうだ。母の命がかかっていたからだ。私が産まれるということは、母が命のリスクを背負うということだ。


それでも母はあきらめなかった。

「この子は絶対に産む。」

そう母は言い、家族や医療スタッフを説得し続けた。命の危険を知りながらも私を産むことを決意してくれたのだった。


帝王切開の日、母は祈るような気持ちで手術台に上がったそうだ。ただ無事を願っていた。やがて私の産声が病室に響いたとき、母は喜びで涙があふれたと話してくれた。


私が産まれたことで、母の体にはさらに深い傷が残った。今でも、お腹の傷が痛む時もあるそうだ。それでも母は一度も、私を責めるような発言をしない。むしろ、

「あなたが産まれてきてくれて本当によかった。いつもありがとね。」

と何度も言ってくれる。


私は、そんな母の想いに心から感謝している。思えば、小さい頃から「あなたはある意味特別だよ。」と母に言われていた。その意味が、今はよく分かる。姉たちにも大切にされ、私はこの家族の中で、当たり前のように愛されて育ってきた。でもその「当たり前」は、母の大きな決断と勇気の上に成り立っていたものだった。


もし、あのとき母が恐れに負けていたら。もし、父が母の体を優先していたら。私はこの世界に生まれることすらできなかった。そう思うと、今こうして生きていることが、どれほどの奇跡なのかということに気がつく。


家族との日常。友達との日々。好きなことを見つけられる楽しさ。どれもこれも、母が私を産むことを選んでくれたからこそ手に入れることができたものだ。


私はこれからも、母と父に心からの「ありがとう」を伝え続けたい。どんなに言葉を尽くしても伝えきれないけれど、この命の恩を忘れずに、自分の生き方で返していきたいと思っている。


そして最後に皆さんに主張したいことは、「今、ここに生きていることを当たり前だと思わないでほしい」ということです。命は誰かの決意と支えの上に存在している。


私は母と父と、そして姉たちの元に産まれることができて、本当によかった。どんなに言葉を尽くしても足りないけれど、心の底から「ありがとう」と言いたい。


命を大切に、今日を大切に。私はこれからも胸を張って堂々と精一杯頑張って生きていきたい。


(HP掲載について、編集・発行先より許可をいただいています)