学校日記

3月7日(金)第78回卒業式 生徒たちのどんどんあふれ出る感情に涙

公開日
2025/03/07
更新日
2025/03/07

校長室から

第78回卒業式を無事終えることができました。真心と人が持つ様々な感情がよく表れた式となりました。

式辞では以下のような話をしました。



 この春に晴れて卒業する一六三名の皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんの凛とした今の表情と姿勢は、これまでの中学校三年間の経験を土台にして明日へと飛び立ち、それぞれが持ち前の良さを発揮していく姿を思い描かせてくれます。

 日々学習や諸活動に全力で取り組んできた皆さんにとって、中学校三年間は、あっという間だったと思います。

 毎年、役割や立場を変えて取り組んだ体育祭・合唱祭。学年が上がるにつれて、だんだん遠くに出かけ、家族ではなく、仲間と過ごす時間を増やしていった校外での学習。仲間だけでなく、自然や社会との関係性の中で、考え、迷い、振り返り、踏み出してきました。

 これからは予測困難な時代と言われますが、そう予測できている時点で恐れることはありません。起こることに対応できる自分や人間関係力を高め、そこから育まれる力を磨いていく態度を身に付けさえすれば、自ら生き抜くとともに、共に幸福感を持ち続けられるはずです。

 

 さて、携帯電話の普及率は、15年前にすでに90%を超えています。その中でスマートフォンの占める普及率は2010年の約四%から約97%にまで増えています。インターネットからの画像、動画、ニュース、そしてSNSによる個人的な発信をすぐに手に入れることができるようになっています。それでは、このような携帯電話やスマートフォンがない時代には、情報をどのように得ていたかを想起します。

 まずは、手紙のやりとりです。手紙は、一文字一文字に思いを込め、言葉にして相手に気持ちや必要な内容を届けるもので、何をどう伝えたいか、どう伝わるかをよく考えてしたためられていたはずです。

 次に、活字が考案されて以降、印刷技術、ラジオやテレビ、そしてコンピュータ、インターネットなどのデジタル技術の発展により、手紙や文書の作成方法と作成したものの質が変わってきました。時間と距離が短くなった一方、変わってはいけない、送る側と受け取る側の人の心までも変わってきてしまった気がしてなりません。

 言葉や文字が与える影響を考えて使うことは、人が互いに尊重して生きるために大切であることは紛れもない事実で、相手への気持ちの伝え方やその技術は、今後人類の大きな課題となり続け、新たな局面を迎えると考えます。


 ある新聞の「この人」というコラムには、何かに尽くしたり、自分を捧げたりする人の紹介がされています。12月に「キャッチボール全国大会 金沢の中学校を優勝に導く」という題の記事がありました。

 その中で、「相手が捕りやすいように胸元をめがけて放るキャッチボールは、思いやりの醸成にもなると考える」と、指導者の考え方が伝えられています。

 そもそも、投げる人と受ける人がいなければ、いわゆるキャッチボールは成立しません。キャッチボールは和製英語のようです。ほうった瞬間、自分の意図や気持ちが自らを離れ、空間や時間を超えて相手に届く。届いた相手の気持ちをしっかり受けとめ、またほうる。時にボールが落ちてしまったら、すぐに拾ってまたほうる。

 言葉のキャッチボール、心のキャッチボールなど、例えによく使われるのにはこういった相互の関係をもとしているという意味合いが含まれています。

 卒業生の皆さん、学校では、これらのすべてを含む「学びのキャッチボール」を何度も経験してきました。うまくほうれない、届かない、捕れないといったこともあると思います。それでも、絶えず相手と真正面から向き合い、届いても後悔しない心を届けることができるよう言葉を大切にしていってください。皆さんの体を離れても、言葉はいつまでも皆さんのものであり、皆さん自身です。そして、相手の心にあなたとして残り続けます。ほうる、捕る、拾う。いつも自分と相手との関係や状況を理解し、嘘偽りのない言葉をうまくつかって行動できる人に、自分も他人も生かせる人になってください。