学校日記

3月6日(金) 卒業式 式辞より

公開日
2026/03/06
更新日
2026/03/06

校長室より

 本日、第79回卒業式を行いました。式辞の中で、生徒に次のような話をしました。

 学年目標でもあり、三年間歌い続けた「群青」は、東日本大震災という逆境からの復活と仲間への思いを込めて生まれたものである。

 今から15年前、激しい揺れと大きな津波が東北の地を襲った。当時9歳だった少年は、小学校近くの高台まで走り、迫りくる大津波から逃げのびた。しかし、この震災で大好きな父と祖父母、仲良く暮らした家や街を失った。そんな恐怖と悲しみの底から這いあがり、メジャーリーグという夢の舞台へ駆け上がったのが、ロサンジェルス・ドジャースの佐々木朗希投手である。

 震災後は避難所生活を余儀なくされ、親類の世話にもなった。そんな生活の中で、彼が夢中になって打ち込んだのは大好きな野球だ。河川敷のグランドにはいつも一番のりをして、練習前にベンチを拭いたり準備をしたりするほどのめり込んだ。しかし、彼の野球人生は順風満帆ではない。中学時代は成長痛や疲労骨折に苦しんだ。プロ野球選手になってからは、剛速球や完全試合達成で高い評価を受ける一方で、シーズン中に故障をして戦線を離脱した。メジャー挑戦を発表した時も「体力が覚束ない」などと言われた。そのメジャーでは先発投手として起用されたが成績は振るわず、右肩の負傷で途中離脱に追い込まれる。しかし、コーチらの支えでリハビリやトレーニングを重ね、シーズン終盤で中継ぎ投手として復活、ポストシーズンでは抑えの切り札として大活躍し、所属チームの二連覇に大いに貢献したのである。

 震災や数々の故障を乗り越えた佐々木選手は、「いろいろな人に育ててもらい感謝している」「いつなくなるか分からない当たり前の日々に、感謝しながら一生懸命生きていきたい」と語っている。彼はこれから先、どんな困難に直面しようとも、どんな役割を与えられようとも、感謝を胸に渾身の一球を投げ込むのだと思う。

 卒業生の皆さんは、四月からそれぞれが選んだ道を歩んでいく。新しい環境では、自分が望むようにはいかないことがあるかもしれない。しかし、どんな状況に置かれても、支えてくれる周りの人や当たり前の日常への感謝の気持ちを忘れず、できることに精一杯打ち込み、自分の目指す夢の舞台へ、ゆっくりでもいいので、一歩ずつ近づいていってほしいと思う。