1月31日(土) 「ちがい」がつないだ心【少年の主張愛知県大会より】
- 公開日
- 2026/01/31
- 更新日
- 2026/01/31
校長室
中学校に愛知県青少年育成県民会議さんより「夢と希望と」をテーマにした「令和7年度少年の主張愛知県大会」の発表文集が届きました。みなさんと同じ世代の子たちが今伝えたいことをぜひ読んでほしい!感じたことを友だちや学校の先生、家族に話してみてほしい!そんな願いからHP記事で少しずつ紹介していきます。今回紹介するのは、愛知教育大学附属岡崎中学校3年の生徒の作品です。
題:「ちがい」がつないだ心
「言葉が通じなければ、気持ちは伝わらず、心も通じ合えない。」
昔の私は、人と人との関係は言葉に支えられて、成立するものだと、心のどこかで信じ込んでいました。けれど、言葉を超えて人と人がつながる心のあたたかさを今は知っています。
小学校五年生の春、私のクラスにペルーから女の子が転校してきました。誰とも目を合わさず、静かに席につく姿に、教室がすっと静かになったのを今でも覚えています。まだ日本語が話せず、話す言葉が違う彼女は、いつも、自分の席でノートを見つめていました。私は「話しかけたい」と思いつつも、遠くから見つめることしかできませんでした。
給食の時間。配膳係だった私は、彼女が列に並んでいることに気づきました。おぼんの持ち方、受け取り方、何も分からずに困っている彼女の様子を見て、「ここに置くんだよ」「次はこっち」と、身ぶり手ぶりを交えて説明しました。彼女は、少し戸惑いながらも、私の動きを真似してくれました。小さな声で、「アリガト。」と言ってくれた瞬間、私の胸の中に何かが灯った気がしました。
その日から、私は彼女に話しかけるようになりました。翻訳アプリを使ったり、身ぶり手ぶりで伝えたり、「うまく話せないから無理」ではなく、「伝えたいから工夫する」ようになりました。ペルーや日本について教え合ったり、笑い合いながら、言葉の壁を乗り越え、心でつながり、友だちになっていきました。
ところが、小学六年のクラス替えで、私たちは違うクラスになりました。廊下で手を振ることはあっても、月日が経つにつれて、私たちの距離も自然と離れていきました。
卒業が近づいてきたある日、校長先生に「学校の近くの日本語教室に行っておいで」と言われました。理由は聞かされませんでしたが、気になって行くことにしました。
日本語教室の壁に、そこに通う子たちが書いたであろう習字の作品が貼られていました。その中に、一際目を引く作品がありました。「咲菜」私の名前が、漢字で、力強く書かれていたのです。左下には、彼女の名前もありました。日本語を覚えるのが大変だった彼女が、私の名前を、漢字で、気持ちを込めて書いてくれた。私の中に、給食の出来事、笑い合った日々、そして関わりが減った寂しさが、よみがえってきました。
そして翌日、学校で声をかけました。
「昨日、日本語教室の習字を見たよ。どうして、私の名前を書いたの。」彼女は少し照れたように笑い、教えてくれました。「テーマ、たいせつなもの。だから咲菜。」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなりました。
「なんで、私だったの。」
彼女は私の目をまっすぐ見つめ、こう言いました。
「最初。給食教えてくれた。嬉しかった。ありがとう。」
彼女の口から出るたどたどしい日本語が、私の心にまっすぐに届きました。
「名前の漢字、難しい。でも、たくさん練習した。」
私は言葉を失いました。涙が出そうでした。私にとってはほんの一瞬の小さな出来事。でも、彼女にとっては、知らない国の教室で、困っている自分に気づいてくれたことが、たった一つの光だったのかもしれません。そのことを強く実感させられました。
中学生になり、私は文化や国籍、見た目、言語の違いから、誤解や孤立が生まれる現実を知りました。しかし、私は、「違い」は恐れるものではなく、理解し合うための入口だと思います。そして、小さな行動が誰かの不安を照らし、希望の光になるのだと思います。
私は「違い」を尊重し、心でつながれる世界を、つくっていきたいです。彼女が書いてくれた「咲菜」という文字は、私たちが出会い、心を交わし合った「証」です。
あの一枚の習字が、私にとっての証になったように、私自身も、誰かの心に残る証を刻める人になりたいと思っています。
(HP掲載について、編集・発行先より許可をいただいています)