今中日記

1月17日 決して忘れてはいけないこと

公開日
2014/01/17
更新日
2014/01/17

こころを育てる

今年も1月17日がやってきました。今から19年前、今伊勢中のみなさんが生まれる少し前に「阪神淡路大震災」が発生しました。
1995年(平成7年)の午前5時46分、マグニチュード7.3の巨大地震が発生し、大きな被害を出したのです。調べてみると、死者 : 6,434名、行方不明者 : 3名、負傷者 : 43,792名 避難人数(ピーク時): 316,678人、住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計249,180棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟、火災被害 : 全焼7,036棟、焼損棟数7,574棟、罹災世帯8,969世帯、その他被害 : 道路7,245箇所、橋梁330箇所、河川774箇所、崖崩れ347箇所、被害総額 : 約10兆円規模という記録が残っています。
この後、兵庫県教育委員会が作成した中学生向けの「明日に生きる」という副読本が発刊されました。その中に掲載されているお話を読んでみてください。
私たちは、いつおきるか分からない様々な災害、事件、事故に対して、できる限りの予防策や危険予知情報、家族での十分な話し合いをしておく必要があります。東日本大震災も含めて決して忘れてはならないことです。

「語りかける目」
1月23日、私は2回目の出動をした。
任務は長田署管内の救出活動・遺体捜索。そして林野工業高校体育館における遺体管理と検死業務の補助であった。仮の遺体安置所になった体育館は、たくさんの遺体と、それに付きそう遺族であふれていた。
 そんな中で、一人の少女に、私の目はくぎづけになった。その少女は、ひざの上に置いた、焼け焦げた「なべ」にじっと見入っていた。泣くでもなく、哀しむでもなく、身動きもせず、ただじっと見入っていた。
 私は、その少女に惹かれるように近寄っていった。「ナベ」の中には、小さな遺骨が置かれていた。
「どうしたの。」
思わず問いかけた私の一言が、その少女を泣かせてしまった。どっとあふれだした涙をぬぐおうともせず、懸命に私の目を見つめ、とぎれとぎれに語り続けた。「ナベ」の中は、少女が拾い集めた母の遺骨であるという。
 その夜、(1月16日)も少女は母に抱かれるように1階の居間で眠っていた。何が起こったかも分からないまま、気がついたときには母とともに、壊れた家の下敷きになって、身動きできない状態になっていた。それでも、少女は少しずつ体をずらし、何時間もかけて脱出できた。家の前に立って、何がなんだか分からないまま、どの家も倒れているのを見た。多くの人が、何かを叫びながら走り回っているのを見た。
 しばらくして、母が家に取り残されていることに気がついた。
「お母さんを助けて。」
「助けてお願い。」
と、走り回っている大人たちに片っ端からしがみつき、声を限りに叫び続けた。誰にもその叫びは聞こえなかった。声は届かなかった。迫ってくる火事に、母を助けられるのは自分しかいないと、哀しい決断を強いられた。
 母を呼び続け、懸命に家具を押しのけ、がれきを放り投げ、一歩一歩母に近づいていった。やっとの思いで、母の手を捜し当てた。姿は見えなかった。母の手をみたとたん、その手を握り締めた。その時、少女の手は血まみれになっていることに気がついた。
「おかあさん、おかあさん。」
「かあさん。」
手を握り締め、泣きながら叫び続けるだけであった。
 火事は間近に迫っていた。火事の音が聞こえ、熱くなってきた。母は懸命に語りかけたが、かぼそい声で少女には聞こえなかった。
「おかあさん、おかあさん。」
と、叫び続ける少女に、名前を呼ぶ母の声がようやく聞こえた。
「ありがとう。もう逃げなさい。」
と母は、握っていた手を放した。
 熱かった。怖かった。夢中で逃げた。すぐに、母を抱え込んだまま、わが家が燃えだした。立ち尽くし、燃え盛るわが家をいつまでも見続けた。声も出さなかった。
 翌日、何をしたか、どこにいたか、覚えていない。
 翌々日、少女は一人で母を探し求めた。そして見つけだした。
 少女は、いま一人で、見つけだした母を「ナベ」に入れ、守り続けている。
 語り続ける少女の目から、いつのまにか涙が消えていた。ただ聞くだけの私は、声も出ず涙だけがあふれ続けた。母と二人、この少女がどんな生活をしていたのか、私は知らない。一人になったこの少女に、どんな生活が待っているのか、私にはわからない。
「この少女に神の加護がありますように。」生まれて初めて「神」に祈った。この少女になぐさめの言葉も、激励の言葉も何も言えなかった。何度も何度もうなづくだけで、少女の前を逃げた。
 少女は、最後まで私の眼を見続け、語り、そして語り終えた。その目は、もっと多くのことを私に語りかけ、今も語り続けている。
 目は生きていた。
 哀しいと思った。
 美しいと思った。
少女の名前を聞くのさえ忘れていた。  (警察官の手記)
出典「明日を生きる」兵庫県教育委員会編 より