学校案内
学校案内
概要
私たちの学校は、愛知県一宮市奥町にあり、濃尾平野の西部に位置しています。
木曽の清流が校区を流れており、一宮市の中でも西部にある学校です。木曽川緑地があり自然が豊かな地域です。
また、学校の敷地の近くには鉄道(名古屋鉄道−玉の井線)が走っております。
校区である奥町は、昔は繊維産業が非常に盛んで、ひとはた織れば大変儲かるという意味で「ガチャ万」という
言葉さえ飛び交うほど、機織り(繊維産業)が盛んでした。現在は、その数も以前より少なくなってきています。
児童数と教職員数
《児童数》 (令和7年4月1日現在)
学級数は1年生4クラス、2年生3クラス、3年生は4クラス、4年生4クラス、5年生4クラス、6年生5クラス、日新が6クラス、合計30クラスあります。
1年生 110名、日新5名 | 2年生 101名、日新9名 |
3年生 132名、日新8名 | 4年生 127名、日新6名 |
5年生 109名、日新1名 | 6年生 145名、日新5名 |
合計 758名 | |
《教職員数》
校長 | 1名 | 教頭 | 1名 | 教諭 | 41名 | |||
養護教諭 | 2名 | 特別支援協力員 | 4名 | 事務職員(県) | 2名 | |||
事務職員(市) | 1名 | 用務員 | 1名 | 図書館司書 | 1名 | |||
ALT | 1名 | SSS | 1名 | 合計 | 55名 |
沿革
木曽の清流の東に位置し、明治6年1月愛知県中島郡奥村に「日新学校」として創立された。
明治 8年 | 東西の2校に分離 | |
明治18年 6月 | 奥公立学校として統合 | |
明治25年10月 | 奥尋常高等小学校 | |
明治34年 4月 | 奥尋常小学校 | |
明治35年 4月 | 奥尋常高等小学校 | |
昭和16年 4月 | 奥国民学校 | |
昭和22年 4月 | 奥町立奥小学校 (児童数 約1200人) | |
昭和30年 4月 | 一宮市立奥小学校と改称 | |
昭和49年 7月 | プール新設 | |
平成22年 3月 | 新教室増設 | |
平成29年 2月 | 東校舎改修 | |
令和 3年 7月 | グラウンド改修工事 | |
令和 3年 7月 | 西校舎教室改修工事 | |
令和 4年 7月 | 東校舎教室改修工事 |
校歌
作詞 田島 穂積 作曲 川島 博
木曽の流れの 豊かさよ | あしたゆうべに 尾張野は | 栄える町の 音高 | |||||
野山に歌う そよ風よ | 豊旗雲の 広い空 | 玉の泉の 光る丘 | |||||
このふるさとの 遠い声 | このかがやきは いつの日も | このふるさとに 伸びる子よ | |||||
こころの奥に ききながら | こころの窓に 映ってる | 日日に新たな 知恵をくみ | |||||
父母のあとを 継ぐわれら | みんなの明日の 夢のいろ | はるかな虹を あおいでる | |||||
ああ奥小学の子ら われら | ああ奥小学の子ら われら | ああ奥小学の子ら われら |